エンタメとしては良作 映画としては微妙『君の名は。』感想:レビュー

次には、瀧君と三葉の入れ替わりの日常がなくなり、瀧君が三葉を探し始めるシーンも不自然でした。

あれだけ、夢で見てきた三葉の住んでいた街の風景を正確に描けるのに、三葉の顔をどうして描かなかったのか?

人探しをするなら人物画は重要です。三葉の顔は夢の中でも鏡で散々見ているはずです。

三葉の顔を覚えてなくても、毎日夢で通っていた学校やその学校の制服を描けば重要な手がかりになるはずです。学校名も忘れてしまったのでしょうか。記憶の失い方がご都合主義すぎます。

他にも、二人がお互いに相手を「忘れちゃ駄目な人」と認識しているのに、その忘れようとしないための意識と努力が薄弱なことも気になりました。

三葉はまだ分かるんですよ。彗星の落下で家が全壊して瀧君や自分が色々書いていたノートなどが消失または紛失してしまった、ということであれば納得できるんです。

しかし、瀧君が分からない。三葉との記録はデータが消失したスマホ上でしか取っていない。紙には覚えている風景しか描いていない。なんじゃこりゃ。

「お前は誰だ!」「君の名前は!」とかいう台詞が繰り返し出てくるたびに、「名前を覚えてるうちに紙に書いておけよ!」としか思いませんでした。

スマホのデータが不自然に消失するというオカルト現象起こってるのに、自分の記憶力を過度に信じすぎでしょ……。

こんな感じで、シナリオには突っ込みどころが多いです。

不自然なのはシナリオだけではありません。サラッと流されるシーンですら不自然なものが多くあります。

普通、自分が朝知らない場所で目覚めたら「ここどこだ?」と場所を調べるのが自然で、それを後回しにするのは不自然すぎます。

次に、自分の顔に「バカ」だの「あほ」だの書くシーン。自分の顔にあれだけ正確に文字を書ける人はなかなかいません。

鏡を見て書けば文字が鏡文字になるので、相当な練習を行わなければ出来ない芸当です。

他にも、三葉が瀧君に会いに飛騨にある地方(糸守町)から新宿行くシーンもおかしいです。

劇中で糸守町は2時間に1本しか電車がない田舎だということをキャラクタたちが言っていますし、Googleマップで確認しても『飛騨市→新宿』は片道5時間はかかる距離です。

夕方に電車内の瀧君に三葉が遭遇した後、糸守町に帰宅するのは困難です。その日のうちに糸守町に帰り、何事もなくおばあちゃんに髪を切ってもらうなんて芸当が出来るんでしょうか?

このような矛盾していたり、不自然なシーンは枚挙に暇がありません。全部書くと記事が長くなるので、割愛させていただきます。

このように映画を1回見ただけでおかしな点が大量に見つかったので、2回見ることがあれば更に見つけられるでしょう。

ご都合主義だけど面白い娯楽映画『君の名は。』

ここまで『君の名は。』のシナリオなどをこき下ろしましたが、私は別に新海誠監督のアンチではありません。

むしろ、『君の名は。』は興行収入100億突破も納得の娯楽映画でした。普通に面白かったです。次回作にも期待しています。

ただ単純に、監督の脚本のレベルがこのままで、美しい映像や音楽で観客をごまかす技術だけが向上してほしくないだけです。

まぁ、心配しなくても新海誠監督が本物であれば『君の名は。』のヒットをきっかけに、より質の高い作品を作ってくれるでしょう。

B01GZFGHTQ

小説 君の名は。 (角川文庫)

1 2