自己効力感ゼロのKKO映画「ジョーカー」の感想・レビューの様なもの

映画「ジョーカー」公開後に 12年勤務しても手取14万円しか貰えない という貧困に関する記事がネットで話題になっていました。そして、記事を読んだ人の反応は二分されていました。

反応は「可哀想だ」「格差が広がっている」という意見と「転職しろ」「自業自得」という意見に分かれており、やる気や努力次第で人生はどうにでもなると思っている自己責任論的意見は少なくありませんでした。(むしろ多いくらい)

記事で書かれているような薄給で働く貧困層は貯蓄が少なく、頼れる人がいないことも珍しくありません。また、転職活動で有利になるような学歴や職歴、資格を持っていない可能性が高いです。

貧困層の中には親の育児放棄により学業に専念できなかった人や、貧困によって進学を諦めざるを得なかった人もいます。アーサーのように虐待を受け、脳や精神に障害が残ってしまった人もいるでしょう。

自己責任で社会の問題を片付ける人々は彼らのような存在を前にしても「お前の努力が足りなかったのだ」と言えるのでしょうか。もし言えるのなら、その人達は日本のゴッサム・シティ化に加担していると言わざるを得ません。

現在、日本の子供の「7人に1人が貧困」だと言われています。自己責任論の蔓延は、その7人のうちの1人をジョーカー予備軍にしてしまうことに繋がりかねません。

人生は努力次第でなんとでもなると思っている方は「もし自分の人生が親ガチャに失敗していたら」と考えてみてください。

自分は「ジョーカー」にすらなれないという絶望

アーサーの親ほどではありませんが、私も毒親に育てられたので子供時代にロクな思い出がありません。そして大人になった現在も人生において楽しい思い出がほぼありません。

自分の人生を自分でコントロールできている感覚がなく、生きているという実感が乏しい状態です。いわゆる自己効力感がありません。

生まれてから今まで、家庭にも、学校にも、社会にも自分の居場所を見つけられず、友達も恋人もいない私は、似たような境遇の「ジョーカー」の主人公を見れば生きる上で何かの参考になるかなと思ったのですが、全く参考になりませんでした。

私は、アーサーが精神がおかしくて孤独なキモくて金のないおじさん(KKO)からカリスマ犯罪者に変貌していく姿を見て、置いてきぼりにされた気分になりました。

映画の中で「自分は存在していないのではないか」と感じていたアーサーが劇中でジョーカーとしてのアイデンティティを確立していく中、別に犯罪や人殺しがしたいわけではない私は「自分はジョーカーにすらなれない」のだと絶望していくしかありませんでした。

自己効力感がないのに狂って自分の殻を破ることも出来ない人間はこの世に不満を持ちながらも誰にも認識されず静かに死んでいくことしか出来ないようです。切ないですね。

誰にでも言えるこの映画の見所

ここまで長々と文を書いてきましたが、映画「ジョーカー」に関しては「つまらない」だの「傑作」だの「問題作」だのと、作品に対して様々な意見や感想があると思います。

ですが、ホアキン・フェニックスが演じるジョーカー(アーサー)がタバコを吸っているシーンがかっこいいという点は誰もが同意するところだと思います。

具体的にはタバコを吸ったことがない私が、ジョーカーがタバコを吸っているシーンを見てタバコを吸いたくなるレベルなので相当かっこいいです。それだけの影響力があります。

なので、この映画を見るのが最も危険な人は「禁煙している人」だと言えるでしょう。(笑)

バットマン:キリングジョーク(字幕版)

バットマン:キリングジョーク(字幕版)

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