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映画「万引き家族」感想 類い稀なる傑作 今の日本の縮図がここにある

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言い換えるれば、万引き家族は世間に置き去りにされた「弱くて不都合な存在」を受け入れてしまったがゆえに、それを支えきれず崩壊してしまうのです。

実際に今の日本社会で起こっていることは万引き家族で描かれている事とは逆に見えます。

国が、企業が、学校が、家族が、世間という共同体が『不都合や問題』を外部に切り離すことで維持されてます。問題の外部化、責任の外部化です。

臭いものには蓋を、都合の悪いものはなかったことにすることで、あらゆるコミュニティが維持されています。

そして、その切り離された存在にはセーフティネットは用意されておらず、今の日本社会から隔絶されています。まさに「万引き家族」そのものです。

この映画を「リアルじゃない」「こんなの日本じゃない」という人は、間違いなく今の日本の「不都合」「問題」を切り離し、目を背けていると言えます。助けを求めても無視されている人なんて今の日本にはそこら中にいます。

この映画で描かれているのは間違いなく『現代の日本』です。映画「万引き家族」は今の日本社会から「なかった事にされている人たち」の物語なのです。

普通とはなにか

映画「万引き家族」の作中でリリー・フランキー演じる父親が言うセリフの中に含まれていたフレーズ「俺たちは普通じゃない」が、映画終了後も私の頭から離れませんでした。

今、この日本で「普通」とは何なんでしょうか?

日本が一億総中流と言えた時代は、普通の家庭に生まれ、普通に大学に行き、普通の企業に就職し、普通に結婚し家庭を持つことが「普通の幸せ」と言えたかも知れません。

翻って現代の日本を見てみると、核家族化が進み、晩婚化が進み、少子化が進み、非正規雇用が増え、借金漬けで大学を出ても就職は保証されない。かつての「普通の幸せ」を享受することが非常に困難な社会になっています。

それどころか、政府が国民に嘘をつき続けるのが普通になり、役所の公文書管理がまともにされないのが普通になり、大企業が法律を守らないのが普通になり、学校が生徒を犠牲にするのが普通になっています。

今の日本は、かつての「普通」が壊れていると言えます。

正直言って、「万引き家族」と「今の日本社会」に何か違いがあるのか? と人に聞かれても、私には明確に答えられません。

どちらも「罪を重ねること、人の道から外れることで存続している」点では同じだからです。つまり、万引き家族は日本社会の縮図とも言えます。

正論では人を救えない

劇中で万引き家族は最終的に警察に虐待されている女の子を匿っていることがばれて、警察に逮捕され「誘拐」だと非難されます。万引き家族たちは警察に正論を言われ続けます。