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当時の広島感あふれる映画『この世界の片隅に』感想・レビュー

昨日から全国上映が始まった映画「この世界の片隅に」を映画館で観てきました。

映画の舞台が戦時中の広島の呉なので、広島生まれ&広島育ち&被爆者三世の私は前々から気になっていた作品でした。

見に行った映画館の座席はほぼ満員。様々な年代の方が来ていました。

以下は、ネタバレありの『この世界の片隅に』の感想・レビューです。

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映画『この世界の片隅に』感想・レビュー

『この世界の片隅に』(11/12(土)公開)本予告 – YouTube

広島感が凄い

映画開始早々、セリフが広島弁全開でした。映画は最初から最後まで広島弁で進みます。

しかも、当時の広島弁なので、今では聞き慣れない広島弁も多く、広島弁を聞きなれていない人は、「えっ? 今なんて言ったの?」と混乱する人も出てくるかもしれません。

とにかく古い広島弁が怒涛のごとく繰り広げられるので、私は自分の祖母と会話をしているような感覚になりました。実家のような安心感!

作中で、『広島、江波、呉』と広島の地名と風景が出まくるので、広島市と呉に住んだことがある私にとっては地元感がすごかったです。

ぼーっとした主人公「すず」が可愛い

女優の「のん」さん演じる今作の主人公「北條すず」は思っていたよりぼーっとした主人公でした。

最初こそ声を聞いて、声を収録したのんさんの顔が思い浮かびましたが、すぐに慣れました。

作中でボーッとしたすずが照れたり、とぼけたり、ずっこけたりするたびに、愛らしさがにじみ出ていました。のんさんの声のおかげかもしれません。プロの声優には出せない良さがありました。

のんさんが声優として上手いかどうかはともかく、観終わった今となっては、この作品のすずの声にピッタリあっていたと思います。

戦時中の広島を描いた作品ですが、映画前半は主人公が面白おかしく色々としでかすため、笑いながら観てました。映画前半は笑えるシーンが多かったです。

映画後半では「お前は普通だなぁ」「お前は変わらないなぁ」と言われていた主人公すずが、右手を失ったことで意気消沈し、別人みたいになるため、あれだけマイペースだった人間ですら戦争は変えてしまうんだなと思いました。

あれはまさに「世界の片隅に居たすずの心」に「戦火」がやってきた瞬間でした。

日常と戦争とまた日常

この映画では主に広島で暮らす主人公すずの日常が描かれますが、映画が進むにつれ、戦争の描写が増え、終戦とともに減っていきます。

日常と戦争が交互に描かれる様子は寄せては返す、海の波のようでした。

アニメでは当時の様子、小物、生活が丹念に描かれていて、それが作品が進むに連れて貧相になっていくので、戦争によって日常が奪われていく当時の雰囲気が伝わってきます。

劇中で、呉に空襲に来たアメリカの敵機を対空砲火で迎え撃ってるシーンがあるのですが、砲撃がびっくりするほどカラフルで驚きました。

史実もそうだったのかな? と思いましたが、実際カラフルだったようです。監督のインタビューで知りました。

日本がどれぐらいの技術水準を持っていたのかということを戦後にアメリカ海軍の人が来て調査をするんですが、その英文レポートの中に「カラーバーストプロタクタイル」についてのレポートがあって、「空中で爆発して色を染めるための染料が5種類ある」と書いてあるんですよ。白黒も合わせると、全体で6色の対空砲火があったというわけです。

「『世界』を描かないと『片隅』が見えてこない」、映画「この世界の片隅に」片渕須直監督インタビュー – GIGAZINE

これまで、戦争モノの作品でこういった描写は観たことがなかったので、日常の生活も戦争(非日常)もしっかりと丹念に描かれているんだなと感じました。

敵が襲来している中、そのカラフルな砲撃に主人公のすずは見とれてしまうので、色んな意味で凄いなこの人と感心しました。

右手を失ってからのすずの変化

主人公のすずは絵を描くことが好きな女性なのですが、映画後半で右手を失い絵が描けなくなります。

すずは右手を失うまで「絵を描くこと」で大切な人とつながってきました。

妹のすみちゃん、同級生でガキ大将の水原哲、夫の姪の晴美(はるみ)、そして顔を描くと約束した夫の周作。

そんな大切な右手ですが、時限式爆弾の爆発に巻き込まれ、預かっていた晴美(はるみ)と共に失います。

「みんな笑って暮らせたら良いのに」と言っていたすずにとって「絵を描くこと」は人と笑顔になるための手段でした。

右手の喪失とともにすずは生きる活力を失います。なくなってしまった右手を見つめ、右手でつながっていた人々、過去に思いを馳せ、罪悪感と無力感に苛まれます。

人と幸せを育むための右手。その右手で晴美(はるみ)を守れなかった。そのショックは大きく描かれ、広島に落ちた原子爆弾よりも作中では扱いが大きかったように思います。

右手を失ったすずは世界を見る目そのものが変わってしまったように見えました。

径子お姉さんのラスト

すずの夫の姉である径子(けいこ)も主人公に負けないくらいの印象的なキャラクタでした。

とにかくはっきりした性格で、ぼけーっとしたすずとは対象的な人でした。

周りに流されて生きているすずに対して、径子は自分の意志をしっかり持ち生きている気の強い性格です。周囲と衝突することもしばしば。

困難な時代の中、自分の人生を生きようとした径子ですが、夫には病気で先立たれ、息子は嫁ぎ先に取られ、嫁ぎ先とは折り合いが悪くなり離縁し、店は壊され、娘は爆弾によって殺され、と踏んだり蹴ったりな救いのない人生を送っていました。

夢も希望もないような径子さんの人生ですが、映画の最後の径子さんの台詞には胸を打たれました。

ああ、これが『生きる』ということなんだ! そういうことなんだ!

「生きる」ことは食べること、手を取り合うこと、一緒に笑い、一緒に泣き、そして許すことなんだと思いました。

すずと径子が二人でGHQの残飯雑炊を食べながら「うまー」と笑い合うシーンを思い返すと目頭が熱くなります。

広島人なら必見の『この世界の片隅に』

映画『この世界の片隅に』は広島人なら必見の映画になっています。映画好き、アニメ好きの方にもおすすめできる作品です。

『この世界の片隅に』は単純な戦争映画、反戦映画ではありません。分かりにくいですが、戦争加害者としての日本も僅かながら描かれています。(ヤミ市で売られている日本占領地域の食料品など)

とにかく作中で描かれているものが多いので、私も見落としているところはたくさんあると思います。それだけ骨太な作品です。

映画の最後にはクラウドファンディングで支援した人の名前が沢山流れました。上映後に劇場内で拍手が巻き起こったので、資金提供した人たちも満足の行く作品に仕上がっていると思います。

この世界の片隅に 劇場アニメ公式ガイドブック