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当時の広島感あふれる映画『この世界の片隅に』感想・レビュー

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劇中で、呉に空襲に来たアメリカの敵機を対空砲火で迎え撃ってるシーンがあるのですが、砲撃がびっくりするほどカラフルで驚きました。

史実もそうだったのかな? と思いましたが、実際にカラフルだったようです。監督のインタビューで知りました。

日本がどれぐらいの技術水準を持っていたのかということを戦後にアメリカ海軍の人が来て調査をするんですが、その英文レポートの中に「カラーバーストプロタクタイル」についてのレポートがあって、「空中で爆発して色を染めるための染料が5種類ある」と書いてあるんですよ。白黒も合わせると、全体で6色の対空砲火があったというわけです。

「『世界』を描かないと『片隅』が見えてこない」、映画「この世界の片隅に」片渕須直監督インタビュー – GIGAZINE

これまで、戦争モノの作品でこういった描写は観たことがなかったので、日常の生活も戦争(非日常)も丹念に描かれているんだなと感じました。

右手を失ってからのすずの変化

主人公のすずは絵を描くことが好きな女性なのですが、映画後半で右手を失い絵が描けなくなります。

「お前は普通だなぁ」「お前は変わらないなぁ」と言われていた主人公すずが右手を失ったことで意気消沈し別人のようにになるため、あれだけマイペースだった人間ですら戦争は変えてしまうんだなと思いました。

すずは右手を失うまで「絵を描くこと」で大切な人とつながってきました。

妹のすみちゃん、同級生でガキ大将の水原哲、夫の姪の晴美(はるみ)、そして顔を描くと約束した夫の周作。

そんな大切な右手ですが、時限式爆弾の爆発に巻き込まれ、預かっていた晴美(はるみ)と共に失います。

「みんな笑って暮らせたら良いのに」と言っていたすずにとって「絵を描くこと」は人と笑顔になるための手段でした。

右手の喪失とともにすずは生きる活力を失います。なくなってしまった右手を見つめ、右手でつながっていた人々、過去に思いを馳せ、罪悪感と無力感に苛まれます。

呉に居場所を見つけたと思っていたすずが広島に帰りたくなるのも無理はありません。右手を失ったすずは世界を見る目そのものが変わってしまったようでした。

人と幸せを育むための右手。その右手で晴美(はるみ)を守れなかった。そのショックは深く描かれ、広島に落ちた原子爆弾よりも作中では扱いが大きいように感じました。

径子お姉さんのラスト

すずの夫の姉である径子(けいこ)も主人公に負けないくらいの印象的なキャラクタでした。

とにかくはっきりした性格で、ぼけーっとしたすずとは対象的な人物でした。

周りに流されて生きているすずに対して、径子は自分の意志をしっかり持ち生きている気の強い性格です。周囲と衝突することもしばしば。

困難な時代の中、自分の人生を生きようとした径子ですが、夫には病気で先立たれ、息子は嫁ぎ先に取られ、嫁ぎ先とは折り合いが悪くなり離縁し、店は壊され、娘は爆弾によって殺され、と踏んだり蹴ったりな救いのない人生を送っていました。

夢も希望もないような径子さんの人生ですが、映画の最後の径子さんの台詞には胸を打たれました。

これが『生きる』ということなんだ! そう思いました。

戦後にすずと径子が二人でGHQの残飯雑炊を食べながら「うまー」と笑い合うシーンを思い返すとしみじみしてきます。

広島人なら必見の『この世界の片隅に』

映画『この世界の片隅に』は広島人なら必見の映画になっていました。映画好き、アニメ好きの方にもおすすめできる作品です。

『この世界の片隅に』は戦時中に主人公が「居場所」を求める物語でもあるので、現代人にも通じるところがあります。

とにかく情報量が多い作品ですので、私も見落としているところはあると思います。それだけ骨太な作品です。

映画の最後にはクラウドファンディングで支援した人の名前が沢山流れました。上映後に劇場内で拍手が巻き起こったので、資金提供した人たちも満足の行く作品に仕上がっているのではないかと思いました。

この世界の片隅に

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