映画「ダークナイト ライジング」感想・レビュー

警察が生き埋めになっただけでなく、作中で、ゴッサム市警のジム・ゴードン警部の隠していた嘘がばれ、ゴッサム市民の警察への信頼が堕ちてしまいます。

また、証券取引所が襲撃された際に、主人公ブルース・ウェインの資産もなくなってしまいます。

金持ちや警察といった力を持つものが地に堕ち、嘘が暴かれることで自分たちは騙されていたんだ! と「怒りに狂った市民」が街を闊歩し始めます。警官や権力者たちが次々と市民に法廷にかけられ、裁かれていくシーンは胸に迫るものがあります。今作の見所の一つです。

映画の世界観は現実の延長線

この映画で描かれる世界は、まるで現実世界の延長線です。

ゴッサム・シティでは犯罪は以前よりなくなったけど、貧富の差がなくなったわけじゃない。ゴッサム・シティに住む市民の不満は今の現実にリンクしているように感じます。

asahi.com(朝日新聞社):ウォール街デモがシカゴに飛び火、金融機関に抗議 – ロイターニュース – 国際

この映画は「1%の金持ち、99%は貧乏」という実際にあったウォール街のデモを思い起こさせます。

また、日本の「東京電力は万全の対策をしていなかった!」「政府は私達に嘘をついていた!」という反原発デモにも通じるところがありそうです。

「エセ科学が原子力発電を恐れている人をそそのかしている現実」「ベインがゴッサム市民を引導して暴徒化させる」シーンがかぶってみました。この映画で起こったことは現実味があります。

格差社会や権力者への不信感が社会を機能不全にするシナリオにはリアリティがありました。

善と悪は誰の中にも

今作では未来のエネルギーと期待された原子炉が悪役に原子爆弾(中性子爆弾)として利用されてしまいます。発電機(善)が爆弾(悪)となってしまうわけです。福島で起こった原発事故がこの映画の脚本に与えた影響は大きいのではないでしょうか。

また、味方だと思っていたキャラクタに裏切られたり、敵として登場したキャラクタが協力してくれるようになったりと、キャラクタの善悪もストーリーの中で入れ替わります。登場人物を正義、敵側を悪として単純に描いたものにはなっていないです。

バットマンがいなくなったあとでも、正義がなくなるわけじゃない。誰だって人を救える。悪だって正義になれる。絶望の中にだって希望を見いだせる。ヒーローは誰の中にもいる。この作品にはそういったメッセージがこめられているのではないかと感じました。

娯楽作ではない「ダークナイト ライジング」

前作のバットマン映画「ダークナイト」は度肝を抜くようなハリウッド映画でした。

しかし、今作は映画というよりは現代社会が抱える問題をそのまま映画に持ち込んだような作品となっています。映画を通して現実を見せられているかのような感覚が味わえます。

前作ほどの面白さはありませんが、この夏まだ見る映画が決まっていない人には、それでも「ダークナイト ライジング」をおすすめしたいですね。

ダークナイト ライジング (字幕版)

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